アトリエレント(atelierent)elasのアプリ開発奮闘記

開発中の疑問点やぼやきなどなど

今まで読み手を意識してなかった

このブログ半分雑記で自分を振り返れれば程度で書いてた。

人気があったり読みやすかったりするブログは、

読み手のことを考えながら書いてるんやろね。

 

まずは続かなければ意味がないので、

自分も意識出来ればええなー程度で、

日々続けることを第一に行こーw

 

で、ここからいつもの感じに戻りますが、

正直、教育とはそれなりの「時間を当てることを意識する必要があるかと思う。

そりゃそんなところに人割けないとか、

上層部からは「そんなの合間にできるでしょ?」と言いたいの分かります。

 

(ここからはお前は何様やねん的なことを思われるかと思いますが)

上記のように思ってる人の根本には、

自分自身がまともな教育というものを受けていないから、

「どうやって教育したらわからん」というのがあったりするかと思う。

 

これってどんなことにも当てはまることだけど、

「自分はこうだったからはお前もできる!」は押しつけだと思う。

 

なら、教育も押しつけでは?となるかと思うけど、

そもそも教育は押しつけではないはずです。

てか、対象が相手だけではないはずです。

過程が大事で自分も相手もお互いの状態を理解しながら、

考え方を良い方向に合わせていくことが教育かと思う。

 

大勢に向けてやるような場合は多少しかたないところもある思うが、

ほぼ1対1でできるならお互いの特性を理解しながら進めていく事が大事かと思う。

 

「そこまで偉そうなこと言うならお前がやれよ!」てなるかと思うけど、

最初に書いたように「時間」さえ確保して貰えるならです。

となると、

「じゃぁ育てやつがお前に割いた時間以上に利益を生むのか?」

ということになってくるかと思うが、

そもそもそんな立場でもないし、

そこまで責任持てませんよというのが回答。

 

そうそう。結局、理想論なんですよ。はい。 

 

だから、そもそもそういう中途な教育を考えるくらいなら、

最初からパーフェクトな人を入れましょうということです。

教育の目的

教育の目的

 

 

 

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